浅井了意『新語園』巻之三「玉女帝ノ面ニ唾ヲハク」より

玉女の唾

 中国、漢の武帝のとき、甘泉殿に玉女が降臨した。仙境から使いに来たのだった。
 玉女は、いつも武帝と碁を囲んだ。
 その髪は紺黒で光沢があり、肌は白く、瑞々しく、まばゆく、周囲を照らすかのようだった。姿の端正さは、言葉がないほど素晴らしかった。
 目もとは清らかに際立ち、紅い唇が美しく、歯は佳貝よりも白かった。指はほっそりとしなやかに、爪は赤銅の色に似ていた。もの言う声は、鶯のさえずりも及ばないほどに澄みわたった。
 それらを日々目にし、耳に聞くうち、武帝は密かに情欲を燃え上がらせた。
 ついに迫って抱き寄せようとしたところ、玉女は帝の顔面に唾を吐きかけ、風に乗って天空へ飛び去った。

 武帝の顔の唾の痕は、見苦しい瘡(かさ)となった。
 それを恥じて、帝は年を越すまで甘泉殿に引きこもり、外に出なかった。
あやしい古典文学 No.1561