『新御伽婢子』巻五「声に依る光物」より

口に光物

 近江国上竜花村の広野という山里に、長介という者がいる。毎年、秋の田に実の入る時分に村に雇われて、鹿を追う仕事をしている。

 近年、この長介が軒先に出て「ほい、ほい」と呼ぶと、ひと声ごとに、その向いた方角から光物が現れ出て、彼の口に入るようになった。
 南に向かって呼ぶと南から、北に向けば北から、東西も同様で、百回呼ぼうが千回呼ぼうが、いっこうに出なくなることがない。
 光物の幅は五十センチ前後、長さは二十メートルもあって、まったく紅絹を引き流したようだ。
 時々、長介にかわって女房や子供が呼んでみるが、その場合、まったく光物は現れない。
 長介に、
「光物が口に入るとき、どんな感じがするか」
と尋ねたところ、
「何も感じない。苦しかったり痛かったりもしない」と。

 どういうことなんだろう。今後、この不思議がどんな終わり方をするのか、気になってならない。
あやしい古典文学 No.1562