『宇治拾遺物語』巻第二「柿木ニ仏現ズル事」より

柿の木に仏現る

 その昔、醍醐天皇の時代のこと。

 五条の天神のあたりに、実のならない大きな柿の木があった。その木のてっぺんに、仏が現れた。
 京都じゅうの人がこぞって参詣し、馬も車も止める場所がなく、人の流れもとめどなかった。皆てんでに拝んで大騒ぎだった。
 そのようにして五六日たったとき、右大臣殿が、
「どうも納得できない。本当の仏が、この末世に出てこられるのは変だ。自分で行って、確かめてみよう」
と、きちんと正装して檳榔毛(びろうげ)の車に乗り、大勢の従者を連れて出かけた。
 柿の木のまわりに集まっていた者どもを退かせると、車から牛を外し、その場にしっかり駐車した。
 それから二時間ばかり、仏のいる梢を、瞬きもせず脇目もふらず、ひたすら凝視した。
 仏は、しばらくは花を降らせ、光を放ったりしたが、あまりに見詰められて堪えきれず、羽の折れた大きな糞鳶(くそとび)の姿を現して地上に落ちた。
 糞鳶は、慌てふためいてバタバタもがいた。そこを子供たちが寄ってたかって打ち殺してしまった。
 右大臣殿は、
「こんなことだと思ったよ」
と言って帰っていった。

 当時の人々は、この大臣を、まことに賢い人だと褒めそやしたのだった。
あやしい古典文学 No.1567