人見蕉雨『黒甜瑣語』初編巻之一「煉酒」より

煉酒

 毎年当秋田藩の港に船を着ける船頭で、摂州神戸の甚左という者が語ったそうだ。

「ある年、海上で見知らぬ異船に出遇いました。『そういう船には、海賊や外道の者が乗っている』と人の話に聞くので、なんとか難を避けようと、一分金を紙にひねり、その船に投じました。すると異船から怪し気な人が姿を見せて、にこにこ笑い、一つの瓶を呉れました。
 もらった瓶の口を開けてみるに、膏薬が固まったようなものが入っていて、酒の匂いが鼻をうちます。伝え聞く『煉酒(ねりざけ)』というものだろうと思って、碗に入れて少量の煮え湯に溶かすと、味わったことのない上質な濁り酒となりました。
 異船はどこの国のものか、見当もつきません」

 なお、煉酒の作り方は、いまや我が国にも広まり、それらしいものが各地で製されている。熊の胆の黒丸子(こくがんし)の大きいようなのを常に薬籠に入れて、飲みたいときに盃水にニ三粒を浮かべるのだという。
あやしい古典文学 No.1571