人見蕉雨『黒甜瑣語』二編巻之四「船越村の貉」より

八郎、鶴子

 出羽の船越村の湖水のほとりに、八郎の祠がある。
 八郎は同地の木こりであったが、南部山中へ行って木を伐っていたとき、谷水に泳ぐヤマメという魚を獲って食った。
 するとひどく喉が渇いたので、近くの十和田湖で水を呑んだ。いくら呑んでも呑み足らず、船越村に戻って、同地の湖の水も飲み尽くそうと昼夜水に浸り、ついに真龍に化身した。
 これは、そう昔の出来事ではないらしい。

 角館の山中にも湖水がある。そこに八郎の妻の龍が棲むという。他愛もない俗説のようだが、広く土民に言い伝えられている。
 かつて雄勝郡の院内に、「六人の衆徒」というものがあった。衆徒のひとり上成沢の常厳坊に鶴子という娘がいたが、嫉妬深い女で、生きながら蛇身となり、角館の湖水に棲みついた。
 角館の湖水は、船越の湖水に土中で水脈を通じており、八郎と鶴子の二龍は、年に一回逢うのだそうだ。
あやしい古典文学 No.1572