森島中良『万国新話』巻之二「金塔の中の妖精」より

金塔の妖精

 真臘(チャンラ)国は「占臘」とも書き、また「柬補塞(カンボチャ)」ともいう。占城(チャンパン)の西にあり、応帝亜(インデア)の属国である。
 たいそう富裕な国で、中国の諺にも「富貴真臘」という言葉がある。『竹枝詞』には「富貴、真臘の強なるに及ぶものなし」とさえ詠じられている。城の周囲は二十里ばかり、宮殿の美しさは言語を絶するという。

 『真臘風土記』によれば、宮中に金の塔があり、国王は夜な夜なその上にのぼって寝る。
 塔の中には頭が九つある蛇の精がいる。女身で、この土地の主であり、毎夜国王と交合する。
 王妃といえども、塔の中に入ることはできない。夜中を過ぎると、国王は宮室に戻り、王妃や側室と同衾して眠る。
 一夜でも国王が塔に上らなかったら、たちどころに災いを被るという。
 また、この妖精が姿を隠したら、国王の死期が近いとのことだ。
あやしい古典文学 No.1582