朝日重章『鸚鵡籠中記』宝永二年十一月より

妹の覚悟

 近江守小姓役伊藤清兵衛の妹が逐電した。
 この女は、かつて太田弥兵衛に嫁いで一女を産んだ。しかし弥兵衛が乱心し、母子とも兄の清兵衛のもとに帰った。
 三年前には愛宕の山伏に嫁したが、以前から盲人の「いろいち」という者と私通していたことが露見し、離縁された。離別の時には妊娠しており、やがて産んだ子は男子だったので、山伏が引き取った。

 さて、清兵衛方を逐電した女は、「いろいち」の借宅に転がり込んだ。
 女の名は「たよ」といい、この機に「いろいち」も「たよいち」と改名した。
 清兵衛は「たよいち」方へ迎えの乗物を遣ったが、女が出てきて言い放った。
「母・兄・娘を捨てて今の身の上を選んだのは、並大抵のことではない。強いて連れ帰ろうというなら覚悟がある。そうなれば兄上にも不都合であろう」
 さらに「たよいち」も出てきて挨拶し、迎えを追い返した。

 ことの次第を憂えて、清兵衛は屋敷に引き籠ったが、何とも仕方がなかった。
 いつまでも引っ込んではいられなくて、やがて勤めに出た。
あやしい古典文学 No.1586