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『西播怪談実記』巻三「牧谷村平右衛門狐火を奪し事」より |
狐火奪取 |
播州宍粟郡牧谷というところは、山深く土地狭く、まったくの片山里である。そこに平右衛門という農民がいた。 正徳年間のある七月、平右衛門は夜更けに用便に行った。 便所の下は谷川だが、日照り続きで残暑厳しく、流れる水も絶え絶えであった。 その流れの十間ほど先に、松明がともっているようなので、便所の窓から覗いたら、狐火だ。谷川を伝ってだんだんこっちに来るのを見ると、赤蟹を取って喰い、火は三味線の撥(ばち)のようなものを口にくわえて、それを振ると火がともるのだった。 平右衛門はつくづく見て、『さてさて重宝なものだ。なんとかして奪ってやろう』と思った。 狐は、はや便所のすぐ下へ来た。平右衛門が、 わっ! と大声をあげて外へ飛び出すと、狐は驚き、慌てふためいて逃げていく。そのとき、何やら足元にからりと落とした。 『例のものではないか』と探りまわり、ようよう見つけたのは、撥に似て牛の骨のようなものだ。広がった方を上にして振ればパッと火が燃え出で、細い方を上にするとたちまち消える。 『これを持っていれば、もう提灯や松明はいらないぞ』と独り笑いして寝間に持ち帰り、大事に箱に入れてから眠りについた。 あくる日の夜、平右衛門の寝間の戸を叩くものがあった。 「あれを返せ、返せ」 と二三人の声で言う。 「返すものか。帰れ、帰れ」 平右衛門は臥したままで言い返した。 その次の夜は二三十人ばかりで、 「戻せ、戻せ」 と言いたてたが、平右衛門は不敵な男で、そしらぬふうで臥していた。 三夜めには百四五十人も来たようで、家の四方を取り巻き、 「返せ、返せ。返さぬとひどい目に遭わすぞ」 と喚く。家内の者が恐ろしがるので、平右衛門もやむをえないと思い、例のものを取り出し、戸を開けて、 「返すぞ、受け取れ」 と庭へ投げ出した。 その後は、何の騒ぎもなくなったという。 佐用村の三太夫という大工が、この話を平右衛門から直接聞いて、 「世間では、狐火は牛の骨だと言い伝えている。しかし、たいそう似てはいるが骨ではないそうだ」 と語った。 |
あやしい古典文学 No.1589 |
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