藤岡屋由蔵『藤岡屋日記』第十二より

蝦蟇に憑かれる

 増上寺領巣鴨村内に、いささかの田地を所持する長右衛門という百姓がいた。
 天保十一年八月八日か九日のこと、長右衛門は蝦蟇(がまがえる)の大きなのを捕まえて帰った。それを酒の肴にすると言うので、妻の菊は助けて放してやるようしきりに諫めたが、聞き入れなかった。
 長右衛門が、蝦蟇の足から頭まで皮を剥いたところ、その姿でそこらを跳び歩いた。
「ずいぶん強いものだな。こいつを食べたら薬になるだろう」
と、両足を引き抜き、胴から上は庭に捨てて、妻が傍らで止めるのに耳も貸さず、両足を焼いて食べてしまった。

 その夜、真夜中に至って、妻が寝床から這い出し、蝦蟇のごとく四つん這いで跳び歩いた。
「おまえ、そんな格好でどこへ行くのだ」
 長右衛門が驚いて、妻を取り押さえると、
「前の小川へ行くのです」
と言う。
 さだめし蝦蟇の怨念が憑りついたのだろうと思われた。そこで、
「怨霊退散! 怨霊退散!」
と唱えつつビシバシと折檻したところ、妻は仰向けに土間に落ち、しばらく気絶した。
 息を吹き返したときには怨念が去ったように見えたが、その後も引き続き、どこか様子がおかしいらしい。
あやしい古典文学 No.1597