柳川亭『享和雑記』付録「クロス」より

クロス

 オランダ人の連れてくるクロン坊は、別名をクロスといい、漢名を「鬼奴」という。
 クロスの本国をカフリという。南インドの西南にある国だ。
 カフリは広い国であるが、国王はおらず、所々に頭領格の者がいるだけだ。大熱の地であるため、人の色はたいそう黒い。よってクロン坊ともクロスとも名づけられた。しかし、長崎に来て二三年もすれば色が薄くなって、日本人の色黒な人と異ならない。

 クロスの性質は、正直にして愚昧である。よく馴らして使えば、主人のため身を厭うことなく、命の危険さえ顧みず働く。
 この性質ゆえに、紅毛人が奴僕として連れてくるのだが、「道理をもって教え導くことはできない」などと言って、禽獣を使うように打擲して懲らしめつつ召し使う。もし紅毛人の法に従わない意志を示したら、ただちに打ち殺し、海中へ捨てるという。
 また、クロスが病にかかって、薬で療治を加えても治らないと思われるときには、毒殺してしまう。病人のクロスは、かねてそのことを見聞しているから、毒薬を飲まされることを察して逃げ走る。それを捕らえて無理に口を押し開け、飲ませて殺す。紅毛人はそれを、犬馬を殺すより気軽なことに思っている。
 蛮国の風俗とはいえ、じつに痛ましく、忍びないこと計り知れない。
あやしい古典文学 No.1605