花洛隠士音久『怪醜夜光魂』巻四「浦上専左衛門水中に入て怪を見る事」より

赤飯好きの池

 越前福井から五里ばかり経て、かくせん村・二面村の二村がある。
 二つの村の間に、周囲二百メートルほどの物凄まじい池がある。その真ん中に一メートル四方くらいの水が青く澄んだところがあって、毎年三月三日、そこへ赤飯一石を投入するのが習わしであった。もしそれを怠るときは、両村の三千石の田畑に米一粒も実らないというので、古来より欠かさず行われてきた。

 あるとき、若侍の五六人連れが遊び歩いて、その池の辺りに来た。
 一人の侍が言うことには、
「ここには昔から主がいるとかで、毎年赤飯を入れるのだが、二村の出費は馬鹿にならんはずだ。いっそ池に入って見て、もし不審なものがいたら仕留めてしまうのは、難しいことではあるまい。我らの中に、水練が達者で、潜って見届けようという人はおらぬか」と。
 これに対して、浦上専左衛門という者が応じた。
「我も以前からそう思っていた。いかにも、見届けに行こう」
 そこで、一同舟に乗って池の真ん中に至った。
 まずは深さを測ろうと、縄に石をつけて水中に下ろしたが、下ろしても下ろしても底につく様子がない。やっと石が落ちついたところで引き上げ、計ってみたら三百五十メートルもあった。いくらなんでも深すぎる。途中で縄がたわんだかもしれないと、もう一度測ったけれども、まったく同じだった。
 専左衛門は、
「さあ、潜るぞ」
と丸裸になった。一刀を携え、下帯に縄をつけ、
「この縄を動かしたら引き上げてくれ」
と頼んで、水に飛び込んだ。

 しばらくすると、水面に血の色が浮かび上がった。舟に残った者たちは驚き、
「専左衛門の身に何かあったにちがいない。助けに行かねば…」
と、三人続けて飛び込んだ。
 しばらくして、専左衛門と後から飛び込んだ三人が浮かび出た。みな怪我一つなかった。
 専左衛門は語った。
「水底に一間四方ほどの、白い小石を敷いた水のたいそう清らかなところがあった。そこには、二尺ばかりの木切れのような物があるばかり。怪しむべきはこれ以外にありえないと、引っ提げていこうとするに、重くてなかなか持ち上がらなかった。試しに端のほうを切ってみたら、びっくりするほど血が出た」
 そう言いながら、その木切れというのを取り出して見せたが、上面は亀の甲羅のように固く、下面はクラゲのようにぴらぴらしたものだった。
 みな不思議がりながらも、『このものを除いたからには、今後は何事もあるまい』と思って、二村の者を呼び寄せ、もう赤飯を池に入れる必要はないと申し渡した。

 翌年、村人は赤飯を入れなかった。
 その結果、言い伝えどおり米一粒も実らなかったので、以後は毎年欠かさず、赤飯一石ずつを入れ続けているという。
あやしい古典文学 No.1611