野田成方『裏見寒話』巻之三より

雷鳥・岩鳥

 甲斐駒ヶ岳。
 聖徳太子が金蹄馬に乗り、この山の頂上に降りたもうた。その後、山の形が馬に似たという。しかし実際は、山の形が馬面に似ている。
 大風が吹く前には峰に綿のような雲がかかり、まもなく西北の大風が吹き払う。甲州と信州を分かつ峻嶺であって、人の通い路はないという。
 この山に、雷鳥という鳥がいる。白鳥ほどの大きさがあり、羽毛は黒く、嘴と足が黄色い。雷鳴のとき山を出て、雷獣を取って喰う。
 雷獣は、驟雨のとき雲に乗る獣である。

 地蔵ヶ岳。
 山の上に、自然に地蔵の形となった大岩がある。天気が快晴だと、遠方からも見える。駒ケ岳に並ぶ峻嶺である。
 この山のごとき峻嶺には、岩鳥というものが棲むといわれる。
 岩鳥は寒季になると、朝起きては「巣ヲ作ロウ」と鳴くばかりで実行せず、いつも寒い思いをしているそうだ。
 これは、農鳥岳の農鳥と同様の説だろうか。
 農鳥という本物の鳥がいるわけではない。山の雪の消えようが鳥の形に見えるときがあり、また鋤鍬(すきくわ)の形に見えるときがある。ゆえにその名があるのだ。
あやしい古典文学 No.1627