野田成方『裏見寒話』巻之三より

鳳凰山

 近ごろ、江戸の薬種屋 桐山三了という者が、薬草の調査を承って甲州に来た。
 鳳凰山に登り、山頂に至ろうとするとき、にわかに異香が四方に立ちのぼり、夏草を分けて来るものがあった。
 見れば形は猫のようで、香りは麝香(じゃこう)にひとしかった。
 「日本にもジャコウネコがいるのだ」と、桐山は語った。

 鳳凰山は、木こり道もない所だが、山頂には八幡の社があって、初秋、麓の村の神職が登ってきて祭を行う。
 近郷からも参詣があって、供物の米を蒔くと、どこからともなく金色の鶏が来て、米を拾って食うとのことだ。
あやしい古典文学 No.1628