谷川琴生糸『怪談名香富貴玉』巻五「京の侍、枚方にて鬼に逢し事」より

焼き場の鬼

 京都の某藩邸の侍が、大阪蔵屋敷まで急用の飛脚を命じられ、陸路を夜通し歩いて大阪へ向かうことになった。

 侍はことのほか臆病人であり、一人召し連れた供も同じく臆病者であった。しかし互いに臆病を隠し、心中ひそかに頼り合いながら夜道を辿った。
 枚方(ひらかた)の下のあたりを通ると、道の傍らに墓地があった。また焼き場があって、火の影が見えた。いよいよ怖さがつのるなか、徐々に火が近くなって、ひらめく炎と煙の中を見ると、口の大きい、目の大きな怪しい青鬼が、死人を喰っていた。
 まずいところに来合わせたと、主従それぞれに思ったけれども、後戻りもできない。侍は恐る恐る一足二足と歩み、やがて間近に寄ると、刀を抜いて頓狂な大声を出した。
「やい、そこの鬼よ」
「はい、なんでしょうか…」
「お、おのれ、そこを退かぬなら、目にもの見せてくれるぞ」
 侍の必死な剣幕に、鬼は震え上がった。
「待ってください。私は鬼ではなく、病人です。火葬の火で焼いた餅を食べれば治ると聞いて、そのとおりにして餅を食べているところで、火があんまり強くて熱いので、芋の葉を面にしてかぶったのです」
 そう言って面を脱いだので、侍と供はあっけにとられた。
 それでも二人は命拾いしたような心地がして、また大阪を目指して歩きはじめた。
あやしい古典文学 No.1633