『今昔物語集』巻第二十七「鬼油の瓶の形と現じて人を殺す語」より

油瓶の怪

 その昔、小野宮右大臣と呼ばれる人があった。名は藤原実資(ふじわらのさねすけ)といい、学識が豊かで賢明な心の持ち主だったので、世の人は「賢人の右大臣」と名づけていた。

 この大臣がある日、内裏を退出して、帰宅しようと、大宮大路を南に下っていったときのこと。
 小さな油瓶(あぶらかめ)が、踊るように跳ねながら、車の前を行くのを見た。
 『こいつは怪しいぞ。いったい何ものだろう。さだめし物の怪などにちがいあるまい』と思っているうちにも、油瓶は跳ね続けて、大宮大路の西の某所にある、誰かの家の門前まで来た。
 門の戸が閉まっていたので、油瓶は、戸の鍵穴から入ろうとして、何度も何度も跳び上がった。鍵穴のところまでなかなか到達できなかったが、ついには飛びついて、そこから中に入った。
 大臣は、そこまで見届けて、家に帰った。
 その後、家来の者に、
「どこそこにある家に行って、さりげなく、何か変事があったのではないかと聞いてこい」
と命じた。
 やがて、家来が帰ってきて、
「あの家には、久しく病の床についている若い娘がおりましたが、今日の昼ごろに死んでしまったそうです」
と報告したので、大臣は得心した。
「あの油瓶は、やっぱり物の怪だったのだな。あいつが鍵穴から入って、娘を殺したのだ」
 このように見極めた大臣も、ただの人ではなかったのである。

 物の怪は、さまざまな物の形に姿を変えて現れるものだ。
 この怪事は、何かの恨みがあって起こったことだろうと思われる。
あやしい古典文学 No.1639