根岸鎮衛『耳袋』巻の二「位階につきさもあるべき事ながらおかしき話の事」より

小奥

 川西某から聞いた話だ。

 同人の知人で遠江か三河あたりの者が、世話する人があって一人娘を上方へ遣り、公家方に奉公させた。
 その後、しばらく対面することがなかったが、娘は主人に愛されて内室同様になっていると風の便りに聞いて、行って暮らしぶりを知りたいと思った。
 上京してかの公家のもとを訪ねると、高位高禄の公家衆ではないから、住まいの構えも粗末で、ひどく貧しげに見えた。
 案内を乞うたところ、いかにも汚げな老爺が出てきたので、身元と用件を伝えると、老爺は、
「まずは、それへ……」
と、玄関の隅に控えるよう言って、引っ込んだ。
 だいぶ時がたってから、
「お会いになるので、こちらへ来られよ」
と、内門ふうのところから通して、白州に筵のようなものを敷いた上に座らせた。
 ほかに人手がないのだろう、老爺はその場で仕人の正装の白装束を着し、揉み烏帽子などかぶってから、簾を巻き上げた。
 すると、主人の公家が我が娘と並んで着座していて、
「はるばる訪ねてくれて、まろは嬉しいぞ」
とかなんとか言葉をかけ、ほどなく簾を下げさせた。
 『遠方からせっかく来たのに、これだけか……』。
 落胆していると、また老爺が案内して、今度は座敷へ通された。
 その後は娘にも間近に対面し、ゆっくり話もして帰ることができたらしい。

「貧乏とはいえ位階のある公家衆だから、格式を守らねばならない。なんだか気の毒なような、可笑しいような話だ」と、川西某は語ったのである。
あやしい古典文学 No.1641