松浦静山『甲子夜話』巻之六十三より

大奥

 噂に聞いたことだが…。

 江戸城大奥への男子立ち入りはもとより厳禁だが、奥女中方の部屋へは、父母兄姉などの年忌には、誦経のために尼僧が立ち入り、時には宿泊することもある。
 ある日、奥女中方の住まいである長局(ながつぼね)の便所を掃除して、肥取りが糞桶を担ぎ出すのを、御門の番人が見ると、糞の中に目鼻を具えた嬰児の形があった。
 頭役に報告が行き、だんだん詮議が進んで、東門跡(ひがしもんぜき)の年若い男僧が尼僧と称して奥女中の部屋に出入りし、泊まりもして、懐妊・堕胎となったものと分かった。
 この件は扱いが難しく、表沙汰になればかなりの数の者が罪を蒙ることになる。そこで、誰かの提案で、
「大奥の部屋に誦経のため尼僧を招じ入れる場合、みな下々より来る者だから不浄のこともあるか知れない。今後は風呂を設け、湯浴みののち、誦経などをさせるべし」
ということになったそうだ。
あやしい古典文学 No.1642