中村満重『続向燈吐話』巻之一「非人姥が怨念の事」より

試し物

 酒井雅楽頭の家来に、人体を実際に斬って刀剣の切れ味を試す、いわゆる「試し物」を好む侍がいた。
 処刑された罪人の死骸を取ってきて、損傷を縫い綴って斬ったり、また野宿している乞食・非人に銭を与え、喜んでいるところを斬り伏せるなどして、おのれの気晴らしにしていた。
 あるとき、厩橋城下の町はずれで、七十に近い非人の老婆が寝ているのを起こして、銭百文を与え、
「わしの先に立って、歩いて行け」
と命じた。
 老女はぼんやりと立ちかけて、ふと気がついたか、向き直って懸命に辞退した。しかし、
「申しつけたことに従わぬなら、斬り殺して捨てるぞ」
と脅され、力なく立って、後ろをたびたび振り返りながら、おずおずと先を行った。
 侍は刀を引き抜き、老女の首を横ざまに払い落とした。首は後ろに飛び返って、侍の足元に落ちた。
 髪束を掴んで首を取り上げ、顔を見ると、がちがちと歯を鳴らし、眼を剥いていた。怨みに満ちた眼光の凄さが、身を焦がすかのようだった。
 思わず首を投げ捨て、身ぶるいして立ち帰ったが、その夜から老婆の首がくっきりと眼前に現れて去らなかった。
 侍は狂乱悶絶して、三日と経たぬうちに死んでしまった。

「怨念ほど恐ろしいものはない」と、世間で語られた話である。
あやしい古典文学 No.1643