中村満重『続向燈吐話』巻之九「陸奥国の人、手指のわづらいの事」より

指が痒い

 かつて奥州会津藩の奥向きに、みよしという御局(おつぼね)がいた。生来悪心の深い者で、あらゆる悪事を奥方にお勧めし、讒言によって召し使われる女の命を多く失わしめたという。
 みよしは、老いて後も奥向きに身を置くことを許されていたが、そうするうちに、指が痒くなる奇病に罹った。
 両手の指が痒くて堪えがたく、畳を掻き、戸障子を擦り破り、器などに当ててごしごし擦りつけたので、後には血が流れ出た。
 あまりに見苦しいので、奧から出して空き長屋に入れ、番人を付けておいたが、そこでもまた柱に擦りつけ、壁を擦り、器物を掻き破るなどして止まなかった。
 しかたなく、生木の板で箱を作って与えたところ、その箱に毎日指を当てて掻き続け、掻き破った。それゆえ、月に二度も三度も替えて与えた。
 やがて十指のこらず擦り潰れて失われ、手が杓子のようになった。苦しみ叫ぶ声は、はるか遠くまで物凄く聞こえた。何年か後、ついにあがき死にした。

 その後、「この長屋は怪しいものが出る」と噂が立って、あえて住む者はなく、「みよし長屋」と名づけられた。
 夜になると、その長屋の前を通る者さえないとのことだ。
あやしい古典文学 No.1644