長山盛晃『耳の垢』巻三十九より

放下通しの槍

 宝暦のころ、上方者だという放下師(ほうかし)が当国にやって来た。放下師とは、曲芸や奇術などを演じる大道芸人のことである。

 この放下師はさまざまな驚くべき術を示した。中でも傑出していたのは、槍を抜き身にして刃を頭に据えたまま色々な曲芸を為すに、まったく頭が傷つかず、跡さえもないというものだった。
 人々は不審を抱いて、大身の槍などを持ちだしたが、それを据えても同じことだった。「まことに奇とや言わん、不思議とや言わん」と日増しに評判が高く、放下師の旅宿は毎日人が群れて、夥しい見物料が集まった。

 湯沢の領主家が噂を伝え聞き、放下師を呼び寄せてさまざまの術を行わせた。
 やがて「頭に槍を据えてみせましょう」と言うので、当主の所持する槍を出した。
 その日は家中の者が組下にいたるまで見物して、じつに多くの人が集まっていた。放下師はたいそう誇らしい様子で場の真ん中に立ち、槍の鞘をみずから外して、いつものように逆さに立てた。
 立てるや否や、槍は頭皮を破り肉を貫き、五寸ばかり頭に突き入った。放下師がうろたえて抜こうともがくうちに、槍先は額から下顎にかけて五寸あまり、血に染まって突き抜けて出た。
 これではもうたまらない。放下師はたちまち気を失った。手下の者が二人がかりで槍を抜き取り、介抱したけれども、放下師はついに絶命した。
 見る者は皆々驚嘆し、「どんな高名の鍛冶が打った刃だろうか。なにしろ世に稀な宝剣には違いない」と評したのだった。

 以来、その槍は「放下通し」と名づけられ、領主家の重宝となったという。
 筆者は久しい以前にこの話を聞いたのだが、槍そのものはいまだ見ていない。
あやしい古典文学 No.1646