松浦静山『甲子夜話』巻之五十二より

毛雨

 この八月八日は風雨激しく、あちこちで河川の氾濫があった。
 後に聞けば、毛が降ったところもあったらしい。毛の長さは、三四寸のものからもっと短いものまであったと、人々が語っている。
 筆者が林述斎に「これは怪異か」と問うと、「陰気が形をなしたものであって、本物の獣の毛が降ったのではないでしょう」との返答であった。

 のちに西川如見の『怪異弁断』を見たところ、
「中国・日本の南方に、はかりしれないほど大きな国があり、その国の鳥が、人知れず空中を往来している。けっして怪現象ではない」とある。
 つまり、鳥毛が降るのだという。

 『怪異弁断』には、さらに詳しい説明が載っている。
「伝え聞くに、西南の蛮地には大国がはなはだ多い。それらの国の大鳥の羽毛は、畜獣の毛によく似ていて、いまだ日本・中国にはないものだ。
 大鳥が幾百幾千と群れ飛んで、遠く山海を往来するとき、どういうわけか翼の下の軟毛を落とすことがある。その毛が風に乗って遠方の地に降るのを、『毛雨』という」と。
あやしい古典文学 No.1648