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『片仮名本・因果物語』下「人の魂、死人を喰らふ事」より |
死人を喰らう |
山城から丹波へ向かう道筋の履掛というところに、太郎兵衛という者がいた。 太郎兵衛は京都四条の煙草屋 喜右衛門と親しく、常々家に出入りしていた。 あるとき太郎兵衛は、沓掛から京都へ行こうとして、桂川を渡り、ほど近くの墓所のかたわらを通りかかった。そこにはよく、死人が捨てられてあった。 ふと見ると、墓所に喜右衛門が座りこんで、死人の肉を小刀で切って喰らっていた。 『喜右衛門は難病に罹っているからなあ。人肉を食えば治るなどと世間では言うが、それにしても、あんなことを…』 太郎兵衛が不思議がりながら喜右衛門の家を訪ねると、案に相違して、本人は家で寝ていた。 起こして対面すると、喜右衛門は、 「変な夢を見たよ」 と言う。どうしたのかと問うと、 「桂川の渡しの辺りで死人を喰らって、口が生臭くてたまらない」と。 そこで太郎兵衛は、見たありのままを語った。 喜右衛門は驚き、わが魂の浅ましさを慨嘆して、ただちに髪を剃り、家を捨てて遁世した。その後は、人に食を乞う暮らしになったものの、病気はあらかた治ってしまった。 太郎兵衛も信仰心を起こし、仏の慈悲を願ってひたすら念仏を唱えるようになった。 これは太郎兵衛がじかに語ったのを聞いた人が話したことで、聞いたのは寛永十八年の十一月だったそうだ。 |
あやしい古典文学 No.1651 |
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