中村満重『続向燈吐話』巻之十「衾の内より大手を現す事」より

布団の中から大きな手

 下総国の某町に、江戸から来て住んでいる隠居がいた。

 ある夜、隠居はしきりに恐ろしさに襲われていたたまれず、ふだん親しく愛している妻・妾さえ見知らぬ異様な姿に見えた。そこらの器物にも眼玉が生じ、家屋が揺れ動くように感じられた。
「こういうときは目を閉じて、しばらく眠るのがいちばんよい」
と、下女に命じて押入の襖を開けさせ、布団を取り出させたところ、その中から巨大な手が出て、長さ三尺あまりの太々しく節くれだった五指を開き、ひらひらと招くように動いた。
 下女は ワッ! と叫んで気絶して倒れた。隠居も脅えて腰を浮かしたが、くらくらと眩暈して床柱に寄りかかり、そのまま立ちすくんだ。
 人々が驚いて集まり、まず隠居を介抱し、気付け薬を与えようと見ると、いつの間にか死んで、枯木のようになっていた。
 下女は一日たって息を吹き返した。

 どういう妖怪なのか、知る人はなかった。
あやしい古典文学 No.1654