瑞竜軒恕翁『虚実雑談集』巻之一「松雲寺の小僧の事」より

松雲寺の小僧

 上総国望陀郡請西に、松雲寺という禅寺がある。
 あるとき、住職は相州大山石尊に詣でようと思い立ち、十四歳の弟子を木更津まで同道した。小僧は「師とともに大山まで行きたい」と言ったが、住職は聞き入れず、そこから帰した。
 住職はそのまま大山まで行った。いっぽう小僧はどうしたのか、松雲寺に戻らず、行方が分からなくなった。
 松雲寺の背後の山の大きな木の下に草鞋などがあり、梢に衣が掛かっていた。人々が不審に思って見るに、かの小僧の衣だった。

 日を経て、小僧は相州の走水観音の境内に落ちた。そこが何処かも分からず泣いていた。人々にあれこれ尋ねられて、いろいろ語ったらしい。それから江戸に出て、日本橋の上で住職にばったり出会った。
「どんなにしてここに来たのだ」
と問われると、
「なんとなく空を翔ける人に連れられて、師のあとを慕って大山にも参り、今またここに来ました」
と言った。空を翔ける人は、「ものを食いたいときは、この石を舐めよ」と、貝殻のような小さい石を呉れたという。
 その石は今も松雲寺にあると、見た人が語った。
あやしい古典文学 No.1671