中村満重『続向燈吐話』巻之九「上総国の人、胸裂くる事」より

胸が裂ける

 上総国の夷隅郡(いすみごおり)に、酒を好む百姓がいた。大酒飲みで、一日に数升を呑んだ。
 ところが齢四十有余になって、いつしか飲酒が止まった。しまいには一滴も飲まなくなったかわりに、いつも「胸が痛い」と言うようになった。
 衣類が触れるのさえ堪えがたく、肌脱ぎになって胸をあらわにしていた。痛みは次第に強まり、衰え果てて寝たきりになった。
 ある日、ことのほか苦しんで半日叫んだすえ、胸が縦ざまに三寸ばかり裂けて、おびただしく血が流れた。
 そのあとは「痛みが少し引いた」などと言って、傍らの人と穏やかに話をしたりしていたが、夜に入って、また苦痛が襲って悶え叫んだ。
 湯薬を服用しても、裂けた胸から漏れ出て、苦痛は治まらない。あくる日、ついに死んだ。

 酒毒がもたらした災いにちがいない。
あやしい古典文学 No.1675