上野忠親『雪窓夜話抄』巻之五「怨霊のたたりの事」より

先祖伝来の悪霊

 佐久間市之丞によれば、どこの大名の家にも、先祖より伝来した悪霊というものがあるという。その真偽をただしたところ、佐久間は、
「間違いのないことだ。鳥取藩を治める当家にも、昔から怨霊がつきまとい、時として怪事の噂が世を騒がす」
と言って、ある老人から聞いた話を語った。

     *

 鳥取藩初代藩主池田光仲公の祖母で、徳川家康公の次女である督姫様は、いたって妬み深いお姫様であった。まったく無実の者にも疑いをかけ、非道のことをして殺害なさることがあった。
 あるとき、大きな桶に数知れぬほどの蛇を入れて、その桶に妬ましく思う女房を裸にして押し込め、蓋をして責め殺してしまわれた。この女房の怨みが御家の霊となって、ともすれば種々の妖怪をなすと、虚実は知らぬが昔から言い伝えている。
 光仲公の正室として、紀州徳川家の茶々姫様が御輿入れになった際には、江戸藩邸において怪異が数多くあった。貴僧・高僧を頼み、大法・秘法を修して祈祷が行われたが、いっこうに験がなかった。
「さては、昔から言い伝わる横死者の怨霊の為すところであろう。亡魂を弔慰すれば、怪異がやむかもしれない」
ということで、池上本門寺にて大法事が執り行われた。
 寺じゅうの僧侶が本堂に参列し読経しているところに、一人の女房が忽然と現れて、高座の前に立った。赤裸に朱に染まった腰巻だけをつけ、全身に蛇虫の棲み荒らした穴の跡が隙間なく、髪を乱し色蒼ざめ、痩せ衰えた姿だった。
 女房は苦しげに息をつぎながら、
「皆々この有様を見たまえ。いかほど追善の法会をして我が亡きあとを弔ったとて、この苦患を忘れることなどできようか」
と言って、かき消すように失せた。
 この怪を、満座の僧たち、法事に参列した諸役人たちは、面前に見たのだった。
あやしい古典文学 No.1678