『事々録』巻一より

医師の横死

 麻布笄橋には堀田備中守の下屋敷がある。敷地は、林もあれば山もあるという広大なところだ。
 天保七年五月の末、藩中の医者の一人が行方不明となり、日を経て、この下屋敷の山の中で死んでいるのが発見された。
 死骸のさまは、血を吸われたとおぼしく、身体が平たくなって、骨と皮ばかりが残っていた。

 衆議して、医者は狐に化かされて血を吸い取られたものと定まり、狐退治に慣れた者が呼ばれた。
 その者はごまめという干魚を油で煮て、狐の出そうな所々道々に播き置き、罠を仕掛けて、数匹を捕獲した。
あやしい古典文学 No.1679