松崎堯臣『窓のすさみ』追加・巻之上より

虎の陰嚢

 薩摩の侍が語ったことである。

 島津義弘の朝鮮在陣の節、ある足軽が秣(まぐさ)を刈ろうと山の麓まで行ったところ、虎が一頭来て、足軽の頸部を軽く咥え、山深く入っていった。
 虎は、猫が鼠を弄ぶごとく、足軽を手玉に取って慰んだ。そうするうち虎は、目が眩んで気絶した足軽の体の上に横たわって、眠り込んだ。
 足軽は、時がたって正気に戻った。自分の上で虎が眠っているのを知ると、その腹を静かに撫でた。虎は鼾をかきだした。そこで、できるだけ身動きしないよう気を付けながら、腰につけていた細縄をそっと引き出し、虎の陰嚢をぐるぐる巻きにした。
 さらに様子を伺うに、虎は眠り込んだままだから、虎の下から脱け出て、縄を大木に固く結びつけた。
 急いで陣に帰ると、ただちに仲間を引き連れて虎のところへ引き返し、皆で大声をあげて虎を驚かした。怒った虎は眼前の崖を跳び越えようとして、陰嚢が千切れて即死した。

 その虎の皮は国主に献上され、今も什器の蓋となって残っているらしい。
あやしい古典文学 No.1686