上野忠親『雪窓夜話抄』巻之三「鏡餅に髪を生せし事」より

鏡餅に髪が生えた話

 山田庄蔵の屋敷は、湯所(ゆところ)の下の町で、世に喧嘩屋敷と呼ぶ場所にある。
 寛延三年正月、「今日は家恒例の鏡餅を頂戴する日だから」と、具足櫃の上に置いた鏡餅を取り下ろして見ると、思いがけないことが起こっていた。
 昨日までは何の変りもなかった餅の表面に、一夜のうちに長さ四五寸の人間の黒髪が生えたのだった。髪は一本ずつ堅く立って、束ねたらば手の一握りばかりもありそうだ。餅に人の髪が生えるはずはないけれども、どう見ても髪の毛に相違なかった。

 石黒清右衛門は、その場に居合わせて、わが目で見たそうだ。
 他の人もこの異変を見聞きして、「家の凶兆であろうか」などと噂したが、その後に何の凶事もなく、かえって吉事があったそうだ。
あやしい古典文学 No.1691