楫取魚彦『喪志編』より

海神

 海中に人類がいる。「海神」と呼ばれるもので、二種がある。

 海神の一種は、全体が人間の形であり、頭髪・髭・眉すべて備わっている。ただし、手足の指がつながって、水鳥の水掻きのようだ。
 ある国でこれを捕らえて、国主に献上したが、問いかけても応えず、食物を与えても食わなかった。
 とうてい馴らすことはできないと諦めて、元の海に放したところ、海神は人々の方を振り向いて、手を叩き、大笑いしてから、海中に没し去った。
 もう一種の海神は、全身がたるんだ肉の皮に覆われている。下半身に余った皮が垂れ下がったさまは、まるで袴を着ているようだが、あくまで体に生じたものなので、脱ぐことはできない。
 この奇体な皮以外は、人間と同じである。陸に上がって日数を経ても、死なないという。

 この二種とも、海中にいることは分かっているが、常にどこそこにいるかは知られていない。
 女性もいるという。
 きわめて人に似ているが人ではなく、海獣の類ではなかろうか。
あやしい古典文学 No.1695