楫取魚彦『喪志編』より

猛魚

 大海にラカルトという魚がいる。
 体長六メートルあまりで、尾が長い。無類に鱗が固く、槍で突いても通さず、刀も矢も立たない。足に鋭い爪があり、口内は鋸のような歯で満ちている。鶉の卵ほどの大きさの卵を産んで、子をなす。
 性質は極めて獰悪で、海中で魚を食うばかりか、上陸して獣を食い、人をも食う。ただし泳ぎが遅鈍なので、いち早くこれに気づいた魚は逃れることができる。また、小魚は食わないので、かえって数百種の小魚がつねに付きまとって、他の魚に食われるのを避けている。

 陸に上ったラカルトは、涎を地面に吐く。人畜とも、その涎を踏むと即座に仆れ、たちまち食われる。
 人がラカルトを見て逃げると、必ず追われて食われる。かえって人が追えば、魚のほうが逃げる。人が遠くに見えるとき、魚は大声で啼き、近くに見えたらこれを食う。

 ラカルトは全身が鱗甲に覆われているが、腹の下に少し軟らかなところがある。その急所を刺して殺す魚がある。体長60センチあまりで、大きなものではない。
 陸では、鼠のような形をした猫の子ほどの大きさの獣が、身に泥を塗って潜み隠れ、ラカルトが口を開けた瞬間に腹中に飛び込む。やがて獣は五臓を食い荒らして外に出てくる。ラカルトは死んでしまう。
 なお、雑腹蘭という草が生えた場所には、この魚は行かないらしい。
あやしい古典文学 No.1696