森田盛昌『続咄随筆』上「松の枝より足のさがりし奇事」より

枝から下がる足

 文化十四年七月三日、福田主計という人が、残暑に堪えかね、自宅の露地に涼み台を据えて、その上で暑気をしのいでいた。
 ふと見ると、向かいの毛利震太郎宅の露地の松の枝に、人の足がぶらりと垂れ下がっていた。不思議に思ってよくよく見たが、まぎれもない両足なので、『若い人が木に登って、眠り込んでしまったかもしれない』と思い、毛利家へ下僕を遣って、
「お宅の庭の松の枝から、両足が垂れております。危ないことなので、お知らせいたします」
と伝えた。
「お心遣いかたじけない。さっそく見てみましょう」
との返事をもらって、下僕は戻ってきたが、しばらくすると、今度は毛利家から使いが来た。
「さきほどのお知らせ、かたじけなく存じます。しかしながら調べましたるところ、当方の松には何事もございません。もしや、ほかの屋敷ではありますまいか」
 聞いて福田氏は不思議に思い、その使いの者を露地に入れて問うた。
「あの松は、そのほうの屋敷のものと見えるが…」
「はあ、あれは我が屋敷の松でございます」
「ならば、よく見よ。梢から足が下がっておろう」
 使いの者はじっくり見て、首をかしげた。
「なるほど、両足が下がっておりますなあ…。では、帰ってもう一度調べてみることにいたします」
 毛利家へ帰った使いの者は、
「ただいま福田様にて見ましたところ、たしかに当方の松に両足が下がっておりました。不審につき今一度、調べたいと思います」
と言って登ってみたが、やっぱり何の変わったところもない。続いて家来が我も我もと登ったけれども、人影も異物も見当たらない。
 その場に居合わせた何某という者が、
「私が福田様へ行って見て参りましょう」
と出かけていった。
「ただ今あらためて登って調べましたが、何も異状がありません。もう一度こちらから見せていただけませんか」
と頼んで、露地へ廻って見たところ、なるほど松の枝に両足がぶらりと下がっている。これは不思議と毛利家へ帰って見ると、やっぱり松の枝には何もなかった。

 福田家では、その日の暮方まで両足の下がっているのが見えていたが、その後はどうしたのか、見えなくなった。
 天狗につかまれた人が腰を掛けて休んでいたのか、または幽霊の腰から下が風に吹かれていたのかなど、世評はさまざまである。
あやしい古典文学 No.1698