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林義端『玉櫛笥』巻之六「三位国孝の奇病」より |
脳中に入る幻人 |
正親町(おうぎまち)院の永禄年間のこと。 三位国孝という人は、久しく朝廷に仕えて権勢があったが、いつとなく病の兆しがあり、しだいに顕著となったので、暇を乞うて勤めを退き、家に籠った。 国孝の病は、よくわからないものだった。 ただ明け暮れ茫然として我を忘れ、はたから見れば何かにうっかり心身を奪われた人のようだった。 半年ばかり後には、はなはだ怪しい症状が現れた。 幻のごとき人が馬に乗り、轡銜(くつばみ)を鳴らして頭上を駆け走り、たちまち脳中に馳せ入るように思われた。その出入りはことのほか騒がしく、脳内で物音が響きわたって、時々幻人の物言う声も聞こえた。 幻人は三日に一度ずつ脳中から出て、しばらくするとまた帰ってきた。そんな状態が二カ月ほど続いた。 親族は不思議がり、 「こんな病人は聞いたことがない。とにかく不吉な怪異だ」 と言って、丹波穴尾の村に知縁があったから、そこに新しく養生のための屋敷を拵え、ひそかに病人を移した。 その日から、馬に乗る幻人は再び来なかった。 病気が平癒したのはひとえに居所が変わったからだろうと、人々は語り合った。 |
あやしい古典文学 No.1704 |
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