『岩邑怪談録』「柱野の百姓、化物に子を取らるる事」より

真っ黒な大坊主

 柱野というところの百姓が、雨の降る夜、十歳ばかりの子を連れて、猪の害を防ぐ番小屋に行った。
 夜半過ぎのこと。
 小屋の脇から何とも知れぬ者が入りこんで、
「雨宿りしたい。ここの隅を貸せ」
と言った。
「いやいや、この小屋は二人で居てさえ狭いから、貸すことならぬ」
 父親が断って押し出そうとしたが、その者は力が強くて動かない。
 姿形をよく見れば、髪も顔も足も手も真黒な大坊主で、目は鏡のごとくらんらんと光った。
 父親も大力だったから、化物と取っ組み合って、上へ下への乱闘の末、父親の力がまさったか、ついに化物を外に突き倒した。

 その後しばらくは音もしなかったが、突然、小屋の外も内も深い闇に閉ざされた。ただでさえ暗い夜が、いちだんと漆黒に塞がれ尽くした。
 さすがに恐ろしくなって、子を連れて家に帰ることにした。しかし、道が暗くてまるで何も見えない。杖をのばして子に掴ませて行くうち、ふと杖が軽くなった。名を呼べど、前からも後からも返事がなかった。
 家に帰るとすぐ、大勢の人とともに引き返して、松明をかかげ、あちこち探したけれども、結局、子は見つからなかった。
 化物に仕返しされたのだと、父親はただ嘆くしかなかった。
あやしい古典文学 No.1705