谷川琴生糸『怪談名香富貴玉』巻三「魚荷、妄者を助けし事」より

亡者の帰宅

 淀から京へ、毎夜、魚の荷を運び届ける男がいた。
 ある夜のこと、荷をかついで墓場を通りかかったとき、急にひどい空腹に襲われて動けなくなり、荷を下ろして休んだ。
 目の前に、葬礼のお供えに盛られた飯があった。これ幸いとひと碗食って力づき、煙草など吸っていると、なんだか頻りに呻く声がする。
 不思議に思って耳をすませば、墓の中でさかんに呻いているようだ。
 息杖でもって土を掘り起こしたら、死骸がすっくと立ち上がった。さすがにびっくりしたが、何かわけがあるのではと思って見守っていると、亡者は言った。
「わたしは死んで、かたどおり葬儀があって埋められたみたいだけど、おじさんのおかげで、蘇っちゃったわ」
 さらに、
「お情けついでお願いよ。わたしはこの先の村の何某の娘だから、連れて帰ってくださいな」
と頼んできた。
 真顔で懇願されて、気味悪いながら断り切れず、背中に負って何某の家まで行くと、亡者が言ったとおり、中から念仏やら泣き声やらが聞こえてきた。
 男は亡者を戸外に下ろし、戸を叩いて家に入った。
「どなたか亡くなられたのですか」
と尋ねたところ、
「はい、一人娘を失くしまして…」
と言う。
「ならば、その娘さんに会わせてあげましょう」
 男が娘を連れて入ると、両親をはじめ一家の者や親しい人々は大いに驚いた。驚きながらよくよく見れば、たしかに宵に葬った娘である。これは夢か現かと喜んで、
「おまえさまは、まことに娘の命の恩人…」
と、男を拝むやら泣くやら、大騒ぎだ。
「今夜はどうか、ここに一宿なさってください」
と言うのを、男は、
「いや、まだ墓場に魚の荷を置いたままですから、取りに戻って、夜明けには京に届けなければなりませんので」
と振り切って出て行った。

 その後、男はその家をよく訪ねるようになった。
 男の話によれば、娘は今も元気で暮らしているらしい。
あやしい古典文学 No.1709