谷川琴生糸『怪談名香富貴玉』巻三「越前の国、大鼠出し事」より

越前の大鼠

 越前の府中で、某家に猫が飼われていた。
 その猫があるとき、裏庭に出てしきりに唸り声を上げた。その声に応じて近所から数多の猫が集まり、さらに際限なく集まって、幾千幾万とも知れないほどになった。
 あまりにおびただしい数なので、家の者たちは何事かと不審に思い、物陰から様子を窺った。
 どうやら座敷の縁の下に何かいるらしく、猫が二十匹、あるいは三十匹ずつ徒党を組んでどっと縁の下に入るが、皆、血まみれになって退いてきたり、大怪我をして半死半生で逃げ出てくるのだった。
 そんなことを繰り返したあげく、ついに数万の猫が一度に縁の下に殺到し、しばらくして、体長一メートル近くもあろうかという大鼠を喰い殺して、引きずりだした。

 人々は、
「こんな鼠がいるなんて…」
とあっけにとられた。
「こいつは、さだめし多くの猫を傷つけたにちがいない」
 そう思って縁の下をくまなく探したところ、猫の死骸がいくらともなく見つかったそうだ。
あやしい古典文学 No.1710