長山盛晃『耳の垢』巻二十九より

大蛇 vs.蛸

 羽州山本郡八森村の先の茂浦村の海辺で、ある年の夏の初め、網を打とうと大勢の漁夫が集まっていた。
 そこには大木の松があったが、その松の枝が、風も吹かないのにさかんに揺れ動いた。
 みな不審に思ってよく見ると、胴回り三尺もあろうかという大蛇が、松の幹から枝にかけて巻きつき、尾は半ば海に入っていた。その尾が動くにしたがって、松が揺れるのである。
 これはどうしたことだと驚き怪しみ、何かわけがあるにちがいないと、恐る恐る海底をのぞき見るに、水の中の大蛇の尾に体長五尺あまりの大蛸が取りつき、さらに大小数百の蛸どもも尾に取りついていた。
 蛸どもは大蛇を海中に引き入れようとし、大蛇は引き入れられまいと踏ん張って、互いに争っているのであった。
 そうと分かれば、なかなか珍しい事件だ。海辺には見物の人々が集まって、市をなした。
 両者の引き合いは三四日に及んだが、大蛇は次第に疲れて、ついに身を絡めた松を離れ、海に引き入れられた。
 それきり、再び浮かばなかった。きっと蛸どもに食われてしまったに違いない。

 享保のころの出来事だと、茂浦の漁夫たちが語った。
あやしい古典文学 No.1717