『元禄世間咄風聞集』より

ところてん暴行事件

 本所の町人二人連れが、目黒不動に参詣しての帰り道、金杉のところてん茶屋に入った。
「名物だから、是非ところてんを食べよう」
といって食べたのはよかったが、代金を払う段になって問題が起こった。
「おまえさん、銭を払ってくれないか」
「あいにくだが、銭はすっかり使い切ってしまったよ」
「わしも使い切って、まったくないんだ」
 そこで茶屋の主人に頼んだ。
「なんとも申しわけない話ながら、我ら二人とも、銭を遣い切って持ち合わせがありません。家に帰りしだい店の者に届けさせますので、それまでお待ちください。言葉だけでは胡散臭く思われるでしょうから、羽織を質に置きます。代金を持って来た者に渡して返してください」
 茶屋の主人は、鷹揚に応えた。
「それには及びませんので、気にせずお帰りください。忘れず代金を届けてくだされば、それで結構です」
「では、お言葉に甘えて羽織は置きません。帰ったら早速銭を持たせてよこします」

 二人が帰りかけると、近くにいた若い者どもが、
「あいつら、食い逃げするらしいぞ」
と騒ぎはじめた。
 二人は、
「それはまた、迷惑千万なことをおっしゃる。主人も納得していることを、食い逃げとは心外な……」
と言い返した。
「代金を払わず帰るからには、食い逃げではないか」
「いや、我ら互いに相手が銭を持っているだろうと思って食べたところ、どちらも遣い切って銭がなかった。主人に羽織を質に置いて後で代金を届けると言ったが、それには及ばないというので、ともあれ帰ることにしたのだ。食い逃げなどと、言いがかりもたいがいにしろ」
 どちらも言葉を荒くして言い合ううち、やがて大勢が若い者に加勢した。
「この食い逃げ野郎めが!」
 二人に対し散々に殴る蹴るの暴行を働き、一人を叩き殺し、もう一人も足腰立たぬほど叩きのめした。

 そこへたまたま二人の近所の者が通り合わせ、
「これはどうしたことだ」
といきさつを確かめたうえで、ただちに町奉行衆に訴え出た。
 暴行に加わった者二三人が入牢を仰せつかり、一人が下手人として斬首されたとのことだ。
あやしい古典文学 No.1720