『事々録』巻一より

生前葬

 天保四年四月のこと。

 小普請方下役 青木栄助の母で、女筆の指南をする宝寿という老女がいた。
 宝寿は、この年七十歳を迎えて、つくづく思った。
「わたしがもし死んだら、さぞかし大勢の弟子たちが葬儀に列するだろうな。その賑わいを、なんとかして見たいものだ」
 そこで物好きな弟子を誘い、自分は白無垢を着て駕籠に乗り、空棺を仕立てて、生前の葬式を執り行った。
 葬列は、弟子たちはもちろんのこと、知人が雇った調子者も鑓を持つなどして供に加わって、賑々しく大路を巡行し、世間をはばからず奇行を尽くした。
 菩提寺も、多額の実入りがあると知って、葬儀の挙行を承認したという。
 しかし、このことは寺社奉行間部下総守のお咎めがあり、宝寿は、青木栄助の上司より処罰の通達を受けた。
あやしい古典文学 No.1725