伴蒿蹊『閑田耕筆』巻之一より

稲田姫を祭る祠

 水戸の近くの宍戸という所に、稲田姫を祭る祠(ほこら)がある。
 稲田姫は、素戔嗚尊(すさのおのみこと)によって八岐大蛇(やまたのおろち)から救われ、尊の妻となった女神だ。

 あるとき、祠の周辺の崖が崩れたのを修理しようとしたら、鋤の刃にかちりと当たるものがあった。
 何だろうと掘ってみるに、どうも巨大な甕(かめ)のようなものらしい。鋤が当たって欠けたところを拾い上げて見ると、大きな歯だと判明した。
 この甕のようなものの大きさは限りも知れず、したがって歯もずいぶんな数があった。役人の検視の後に歯を奉納したが、一枚の重さは十三キロほどだった。
 いろいろ評議して、かの甕のようなものは「龍の頭」だと決した。さらに掘れば全体が現れるけれども、益のないことだからと取りやめたそうだ。

 具体的な言い伝えがないから理由は知れないが、稲田姫を祭るのも、もしやこの龍の妖力を鎮めんがため、八岐大蛇の故事にあやかったのかもしれないと、同地に仕官した人が語った。
あやしい古典文学 No.1733