藤岡屋由蔵『藤岡屋日記』第十六より

母と女房を殺した男

 天保十五年四月四日、四谷内藤新宿仲町にて、同地で引手茶屋を営む豊田屋半七は、同人の母および女房を殺害した。
 この件の風説は以下のとおりである。

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 前月の二十九日、女房が髪を揃えているとき、飼い猫がしきりにじゃれついて、櫛道具などを取り散らかした。半七が追い払おうとしたが、去らずに相変わらずじゃれついた。
 そのとき酒に酔っていた半七が、乱暴に猫を捕らえ、縁側の外へ投げ出したら、折悪しくそこへ犬が来て、猫を喰い殺した。

 その後の当月四日夜、客からの預かり物などを収め、家内一同が寝に就いた。
 母親は階下で休み、半七夫婦は二階で寝たのだが、夜半ごろ、女房がしきりに顔を舐めてくるので、半七が驚いて目を覚ますと、女房のはずが全く猫の形のものだった。
 しかし気を落ち着けてよくよく見たら女房に相違なかったので、安心してまた眠ったところ、またもや顔を舐めてくる。これは変だと思って、再度よく見直したら、今度は猫に見えた。
 さては先日犬に噛まれた猫にちがいないと気づいた半七は、ちょうど火消屋敷から預かっていた刀を寝床の下に潜ませ、しばらく様子を窺った。
 いよいよ猫に相違ないと確信すると、起き上がりざま刀で刺し殺した。しかし、殺してから見たら女房だったから大いに驚き、何はともあれ母親に相談しようと二階から下りた。
 母親の寝床へ行ったら、母ではなく犬がいた。半七に噛みつきそうな勢いだったので大いに恐れ、犬を斬り殺したが、殺してから見れば犬ではなく、母親だった。天を仰いで後悔しても、もはや取り返しがつかなかった。
 この次第は、女房の実家である浅草聖天町の蕎麦屋へ使いが行って知らせたが、
「少々間違いがあって、貴殿の娘が傷を受けたので、母様に来ていただきたい」
とのことで、使いに同道して新宿へ行ってみれば、娘も姑も殺されていたから、女房の母親は言葉を失った。

 この半七は、元来真面目で正直な者であったが、酒癖が悪いので、金毘羅様に禁酒の願をしていた。
 前月二十九日には願を破って酒を過ごしたので、罰が当たったという話だ。
あやしい古典文学 No.1737