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松浦静山『甲子夜話』三篇巻之七十二より |
古酒 |
かつて駿府在番を勤めた石津九平という人が語った。 勤番中のあるとき潮津波が起こって、川を逆流する海水の底から、四斗樽のような黒くて表面のぬめった物体が浮かび上がった。 人々は怪しんで見たが、何なのか誰も知らない。やがて一人が言った。 「これは酒樽で、むかし難破した船の積荷が、海底で長い年月を経たものではなかろうか」 そこで、その物体を割ってみると、果たして中に漆のようなどろっとした液体があった。何なのか分からない。 怖いもの知らずの馬鹿者がいて、それを飲んでみたら、古酒にほかならない。みな安心して代わる代わる飲んだが、極めて美味であった。 このことは駿府城代にも報告が行き、古酒は城内に持ち込まれた。 城内の下女たちがそれを知って、ある夜、ひそかに盗み飲んだところ、熟睡にして死んだようになった。 人々が不審がるなか、三昼夜を経て、蘇ったかのように目覚めた。何があったのかと問われて、 「味があんまり甘美で、続けて飲むこと数杯、たちまち酔い潰れてしまいました」と。 古酒の酔いは、それほど久しく醒めないものなのか。たいしたものだ。 |
あやしい古典文学 No.1741 |
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