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| 木崎惕窓『拾椎雑話』巻二十三より |
人を殺す亀 |
| 昔、若狭小浜の長源寺浦から浅ヶ瀬の間では、洗い物や夏の水浴びに行って死ぬものが、数年に一人は必ずあった。 それも、水に溺れるのではなく、水中に妖物がいて、引きずりこむのだ。 まもなく死骸が浮き上がる。見ると肛門が破られた跡があって、ほかには疵がない。どの死骸も、すべて同じである。 こういうのは、俗に河童の仕業だと言われる。しかし『大和本草』などにある河童の挙動とは異なっている。 古老いわく、 「長源寺浦で災いをなすのは、亀だ。一般に亀は害をなすものではないが、この浦に棲むのは、亀は亀でも、鼈（すっぽん）の巨大なやつだ」と。 また、ある人が河縁町を通ったとき、ずいぶん大きな亀が向こう岸から長源寺浦へ渡るのを見たという。 この浦は、もとは測りがたいほど水深が深かった。正徳年間あたりから年々涸れて浅くなったので、亀も棲むところがなくなったことだろう。さらに享保二十年には、大水で岸が崩れ落ちた。もはや近年は害があることを聞かない。 片原町に市右衛門という人がいた。少年のころから鍛えた水練の達人で、溺れる者があれば満水逆波の中へも飛び込み、大勢の命を救って称賛された。 この市右衛門も、かつて、 「長源寺浦で人を殺すのは、亀に間違いない。わしもその亀に遭った。足をからめ、股間に首を突っ込もうとしてきたが、わしはその首を捉えて入れさせなかった。そのまま引き上げようとしたところ、逃げてしまったよ。まったく鼈の大きなやつにまちがいなかった」 と語ったという。 |
| あやしい古典文学 No.1744 |
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