上野忠親『雪窓夜話抄』巻之一「野一色勘兵衛召仕女の生霊の事」より

耳の下の疵

 野一色勘兵衛という人が、日ごろ身近に召し使っていた女に暇をやり、新たに少女を召し抱えた。
 解雇された女は、野一色家に自分の代わりの少女がいるのを見て、はなはだ恨みを抱き、同家の老女に向かって、
「あの娘を追い出して、また私を召し使ってくだされ」
と頼んだが、老女は首を縦に振らなかった。

 その後のある夜、少女はにわかに狂人のごとくなって、あれこれと口走った。その言うことは、ことごとく前に召し使っていた女の心中のことだった。
 勘兵衛は怪しみながら、とりあえず少女を一室に押し込めた。するとどうしたことか、少女の耳の下から血が吹き出して、着物にもそそいだ。
 翌日、少女は平常の心になった。
「昨夜はいったいどうしたのだ」
と皆が尋ねたが、
「まったく覚えていません」
と答えるばかりだった。
 血が出た耳の下の疵を見るに、もはや少しの痕跡もなかった。
 勘兵衛はいよいよ訝しく思い、先の召使の女のところへ人を遣って、様子を尋ねたところ、女は昨夜から気分が悪いといって、引き籠って寝ているとのこと。そして、この女も耳の下が疵ついて痛むということだった。
 使いの者が直接女に会って、その傷を見届けて帰ってきたという。

 生霊の祟りというのは、本当にこの世にあることなのだ。
 河合秀正が語った話である。
あやしい古典文学 No.1745