林羅山『狐媚鈔』「許真」より

許真の結婚

 唐の元和年間、許真という者が、青斉地方から都の長安へ出てきた。
 あるとき許真は、陝州の奉行のところへ行って、終日酒を飲み、日暮れ前に帰途についたが、途中で酔いが回って意識を失い、落馬した。
 同道していた下僕二人は、道が暗いせいで主人の落馬に気がつかず、許真の衣類などが入った袋だけ載せた馬を先導して、走り去った。

 許真が酔いから醒めたときには、日はすでに暮れて宵闇の中、乗っていたはずの馬も見えない。
 うろたえながら左右をすかし見ると、左の方に小路があった。そこに馬の小便の跡があったから、『馬はこっちへ行ったらしい』と思って進んでいくと、突然、高くそびえたつ朱門に行き当たった。
 馬を失い、下僕ともはぐれてしまった許真は、ほかにどうしようもなくて、その朱門を叩いた。
 門の内から、召使の少年が出てきた。
「ここは、どなたの家か」
と問うと、
「李外郎の別邸です」
と言うので、許真は、中に入れてくれるよう頼んだ。
 少年は主人に取り次ぎに行き、また出てきて、許真を客人の座敷に招き入れた。座敷はたいそう綺麗で、さまざまの書画が飾られてあった。
 しばらくして、主人が現れた。齢五十ばかり、はなはだ高貴な様子で、許真と礼を交わして座った。
「おもいがけず道に迷い、ここに至りました。どうか今夜一晩、お泊めください」
 許真が頼むと、主人は、見苦しい所で恥ずかしいと言いつつ宿を引き受け、種々の話題と種々の料理でもてなした。許真の下僕と馬も、奴僕に捜させて連れてきてくれた。
 許真は、また酒を飲み過ごし、酔い臥した。
 夜が明けると、許真は主人に別れの挨拶をした。しかし主人は言葉を尽くして引き留め、よってその日は逗留して、翌日、都へ向かった。

 都へ戻って一月あまり過ぎた日の夕刻、独狐治と名乗る人が訪ねてきて、次のように語った。
「このあいだ、陝州の李外郎と会って、先日君が一宿したことを聞きました。彼は君が気に入ったようで、ぜひ婿にしたいと願っています。どうですか」
 許真が承知すると、独狐治は、
「では、また李外郎の別邸を訪ねなさい」
と言って去った。
 幾月か後、許真が李外郎のところへ赴くと、李外郎は喜んで、さっそく婿取りの祝典を執り行った。妻となった女はとても美人で賢かったから、許真は大いに満足した。
 しばらく滞在して後、許真は妻を伴って、故郷の青斉に帰った。李外郎とは折にふれ音信を交わし合い、途絶することはなかった。
 その後、許真は官吏に登用され、方々へ赴任した。妻は許真と共に行くこともあり、李外郎のもとにとどまることもあった。

 数年の後、許真夫妻は、再び青斉に帰った。十年あまりの間に、男子七人、女子二人が生まれた。子供たちはみな賢く、麗しかった。
 年月を経ても、妻の美しさは少しも衰えなかった。許真はそんな妻を、深く愛し続けた。
 しかしやがて、妻は病に臥せり、薬による療治も効き目がなかった。妻は人を退けて、許真に告げた。
「わたしは、まもなく死にます。九人の子のことは、あなた一人に苦労をかけてしまいます。申しわけなく、恥ずかしいことながら、今は心に思うことを申しましょう。じつはわたしは、人ではないのです。思いがけずあなたと縁を結んで二十年、永遠の別れの時が来ました。この期に及んで、妖幻の術を用いて惑わすことはいたしません。ありのままに死にます。どうか、あなたにお願いです。死後のわたしの姿を見ても憎んだりせず、五体を土中に葬ってくださるなら、とこしえの大恩と存じます」
 こう言って泣く妻に、許真はかける言葉がなかった。驚き悲しむうちに、妻は布団で頭を隠して物言わず、動かなくなった。
 布団をめくってみると、一匹の狐が死んでいた。許真はそれを、人を葬るようにして葬った。

 葬儀が終わると、許真は陝州へ行って、舅の李外郎の家を訪ねた。
 しかし、それらしい建物は見当たらず、あったはずのところは、古い墓に茨が茂っているばかりだった。許真は深く憂えて、故郷に引き返した。
 一年ばかりして、子供たちは男子も女子も、九人とも打ち続いて死んでいった。その死骸は、みな人の姿だった。
 許真本人は、その身に何事もなかった。
あやしい古典文学 No.1748