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『続 岩邑怪談録』「文政十一年八月九日の大風雨」より |
遡上 |
文政十一年八月九日深更から大雨大風が吹き荒れ、翌十日の朝八時ごろにおさまった。 嵐は岩国の町中の瓦を吹きわたり、家々の屋根は大破した。 八十七年前にこのような大風があったとも聞くが、まことに前代未聞といってよい災害だった。 十日朝には、長さ五メートルあまり、行灯くらいの太さのものが、増水した大川を遡った。その水を切る音は、山をも崩すほどだった。 遡上する様子は、新小路から御庄川あたりまでは見た者がいるが、それから川上については分からない。 世評では、蟒蛇(うわばみ)だとか鱶(ふか)だとか言った。正体は知れないながら、作物は害さなかった。 八月十日に川を遡ったものは、その後行方知れずだったが、二十三日、川上で死んでいるのが見つかった。 死骸は山椒魚の形をしていた。山椒魚は、木曽路あたりの小川にたくさんいるもので、守宮(いもり)に似た生き物である。 おそらくは、久しく海に棲んで巨大化した山椒魚が、このたびの大嵐に驚いて川をのぼり、結局は激流に力尽きて死んだのだと思われる。 |
あやしい古典文学 No.1754 |
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