佐藤成裕『中陵漫録』巻之六「海鰻」より

海鰻

 長崎の人は、それを「海鰻(カイマン)」と呼ぶ。ジャガタラに多くいる生き物だ。

 あるとき、長崎に来たオランダ人が、人が川で水浴びをするのを見て、はなはだ驚き恐れた。そのわけを問うと、
「海鰻に襲われやしないか」
と言う。通訳が、
「日本のどの地方にも、海鰻の危険はない」
と教えると、
「それはまことに結構なことだ。オランダではクロコデルといって、水中にも陸上にも棲んでいる。小さいときはトカゲに似ているが、これに食物を与えて飼うと、数年のうちに体長二十メートルほどに成長する。その形はイモリのようで、口がはなはだ大きい。四足の形は、絵に描かれた竜のようだ。尾の先端に鱗がある。皮は漆で固めたように極めて堅く、オランダの紀行書に『その皮は名刀でも切れない。唯一日本の刀によって切れる』とある。クロコデルは、人が水浴するのを見ると、たちまち来て取り喰らう。洋刀で切れないため、立ち向かっても勝つことができない」
などと話した。

 先年、オランダ船の黒奴が、ジャカルタで極めて小さいのを取って持ってきた。
 それを通訳の吉雄耕牛が貰い受けて、庭で飼った。
 毎日ドジョウを与え、成長して三十センチあまりになった。大いに口を開き、キイキイと鳴いて人を驚かした。
 日本の寒気がたいへん体にこたえて、ほとんど動かなくなった。そんなあるとき、耕牛が焼き飯を投げ与えたところ、一晩のうちに死んだ。
 寒中は飲食をしないものなのに、よりによって食べたことのない焼き飯を食ったからだという。

 この生き物は、オランダより東南の海国には、みな棲息している。
 一名を「カナムヘ」といい、「海鰻」は朝鮮での呼び名だという。ということは、朝鮮にも産するものらしい。
あやしい古典文学 No.1760