横井希純『阿州奇事雑話』巻之二「幟竿小蛇」より

蛇の出る幟

 かつて徳島の中村氏が住んでいた屋敷では、先代の主人が端午の節句の幟(のぼり)を立てたところ、どういうわけか五月五日の昼に、新しい幟竿が中ほどから折れて、折れた箇所から小蛇が出た。
 その後も同様のことが続いたので、この屋敷で幟を立てると凶事があるとして、男児が出生しても幟を立てないのが家風となった。

 その後、今から三十年ほど前、中村家の家臣に男児が出生したときのことだ。
「古い言い伝えはあるけれど、もはやそんな怪しいことも起こるまい。小児の祝いに幟を立てないのは、かえって不吉な気がする。それに、主家のことではなく、家臣の長屋でのことだから、問題ないだろう」
と、都合よく考えて、幟を一本立てた。
 五月四日の昼過ぎ、さしたる風もないのに新しい丈夫な竿が中ほどから折れて、昔の話のとおり小蛇が出たそうだ。

 この屋敷では、草など生え繁る季節でも、ふだんは一匹の蛇も見ないらしい。
 どんなわけでこのような怪異があるのか、それは知らない。
あやしい古典文学 No.1769