藤岡屋由蔵『藤岡屋日記』第十七より

菊次郎の奇病

 弘化七年七月二十一日の夜遅くのこと。
 引手茶屋 柏屋大次郎の案内で、菊次郎という三十五歳の男が、新吉原の鶴屋という遊女屋に上がった。
 菊次郎は花町という遊女を買って、一緒に飲食した。しかしまもなく、食当たりであろうか、気分が悪くなったと言って、床に臥せった。
 花町も床に入って交接したところ、菊次郎は彼女の陰門におびただしく射精した。それはまるで大水が湧き出るかのように溢れてやまず、二人とも大いに驚いた。
 菊次郎はいちだんと気分が悪くなり、二階にある小便所に入った。そこで小便のみならず大便も漏らしたので、慌ててふんどしを外して、掃除しようと床を這いまわった。
 花町が、菊次郎の戻りが遅いのを不審に思って様子を見に行くと、上記のありさま。階下へ連れて行って、湯殿で汚れを洗ってやった。

 柏屋へ知らせてくれと菊次郎が頼むので、使いをやったところ、急ぎ大次郎が来て容態を見、ただちに医者を呼んだ。下谷龍泉寺町の吉川という医師が診察し、薬を処方するも、病状は重くなる一方だった。
 大次郎方へ帰りたいと言うので、翌二十二日の朝七時ごろ、駕籠に乗せて柏屋へ向かったが、着いてまもなく、菊次郎は息絶えた。
 こうした病気も、まれにはあるとのことだ。
あやしい古典文学 No.1772