平尾魯遷『谷の響』五之巻「羹肉自ら踊る」より

肉躍る夜

 弘化三年ころのこと。御蔵町の大工 小之吉という者が、板柳村の井筒屋宇兵衛方に雇われて働いていた。
 ある夜、同僚たちと歓談するうち、つい夜更けに及んで、みな酔いも醒め、腹もすいた。飲みなおして寝ようという話になったが、酒は調達できたものの、肴がない。
 どうしようと相談するに、一人が「鶏を料理したらよかろう」と言う。みな賛同して、鳥小屋で寝ているのを一羽捕ってきて、肉をさばいて煮た。
 肉がいい具合に煮えてきて、酒の燗をしようかという時、鳥小屋の仲間の鶏が一声高く鳴いた。すると鍋の中の肉が躍り上がって、囲炉裏の四辺に飛び散らかった。
 みな肝を冷やし、興も醒めた。しきりに身の毛がよだって、肉を食おうと思う者は一人もいない。拾い集めて裏の堤に持っていって捨てた。
「これほど執念の深いのを目の当たりに見ては、もう恐ろしくて恐ろしくて、以来、鶏肉はおろか卵も食ったことがありません」
と、小之吉は語った。

 また、これと同じではないが、似かよったことがあった。
 嘉永二年のこと。劇場の役者たちが蟹田村に泊まり、辨七・大吉など三人が、宿で「嶋めぐり」という小魚を焼いた。
 片身がよく焼けたので、ひっくり返してもう一方の片身を焼いていると、串に刺した六匹の魚が残らず動きだして、串から抜け落ち、灰の中でじたばた暴れた。
 役者たちはあっけにとられた。気味が悪いので、魚をつまんで外へ出て海に放すと、ひらひらと泳ぎ去ってしまったという。
 三国屋惣左衛門が、このとき居合わせて実際に見たと語った話である。
あやしい古典文学 No.1776